狭い家を広く住む

増沢洵のプロフィールや作品

増沢洵のプロフィールや作品

増沢洵のプロフィールや作品 狭小住宅の建築家 増沢洵(ますざわまこと)は、
1952年に発表した、自邸吹き抜けのある家
「最小限住居」でとても有名で、
「9坪ハウス」とも言われています。
1958年「成城大学新館」で日本建築学会賞受賞しています。

戦後まもなく、現代的な住宅として考えられたのが、
狭小住宅の9坪ハウスです。
平面は正方形、3坪の吹きぬけを設ける、外形は14.8尺、
丸柱を使用する、正面には開口部を設けるなど、
五原則をまもりながら、現在のデザインや部材で建築する方法です。

狭い空間で暮らすには、余計な物を取り除く必要があり、
物を持たなくてもいい、シンプルライフに共感される方に好評。

石井和紘(いしいかずひろ)も日本の建築家ですが、
「直島建築」と言われる公共施設の作品が多く、
1989年に「数寄屋邑」で日本建築学会賞受賞し、
数々の作品を多く残しています。

増沢、石井ともに多くの建築物を残していますが、
時代の流れにともない、コンセプトを守りながら、
日本の住宅デザインに広く影響をおよぼしており、
受け継がれています。

建築家石井和紘と狭小住宅 赤坂拾庵に見る家の機能

建築家石井和紘と狭小住宅 赤坂拾庵に見る家の機能 建築家石井和紘は1944年生まれの東京育ちです。1967年東京大学工学部建築学科学び、1975年東大大学院に進み、更にイエール大学建築学部修士課程修了。1976年には自身の建築研究所を設立し活動、2015年1月逝去されています。
建築家としての彼は処女作香川県直島文教地区の一連の設計から始まり、54の窓、54の屋根等精力的に作品を発表し続け、1983年には彼の自宅でもある「赤坂拾庵」を設計しました。これは彼が赤坂に住みたいと熱望した結果出来あがった、建築面積20.26m2の狭小住宅であります。地価が高い都心部で安価に家を建てる方法として、近年注目を集めています。しかし、都内など特に、土地が狭いゆえに3階建て以上にしたり、地下を加えたりし、どうしても特殊な形式になるのは否めません。結果、施工主が建築に対して高い関心を持ち、結局コストが上がることも多いようです。
石井和紘の作品を見るに、彼は「形態は機能に従う」と言う持論を持ち、これは、例えば開口部としての「窓」を多用することによってその機能が単一にならないということでありますが、そういう意味では狭小住宅「赤坂拾庵」は「家型」という機能を果たしていると言え、さらにその10坪の中には茶室もあり、小草庵の要素も備えているという、正に「形態は機能に従う」住居と言えます。